視点

壁面と涙腺の崩壊



「……?」


なぜ君がここにいるんだい?と目を見開いて驚いている赤い髪の人。黒いロングコートがとてもよく似合っていた。その姿を捉えるとついつい口元が緩んでしまう。それを隠すようにして頭を下げ、やんわりとお辞儀をして見せた。

私と彼、シャンクスさんはちょっとした飲み仲間でだいたい月1回のペ―スで一緒に飲んでいた。シャンクスさんは5歳上の先輩。お互い会社も違う、住んでいる県も違うのでこうやってわざわざ足を運ばないと会うこともなかった。

頭を上げても未だビックリしたと目をぱちくりさせているシャンクスさん。驚くのも無理はない。仕事終わりのシャンクスさんを会社の外で待ちかまえていたんだから。いわゆる出待ちってやつ。こんなことしたのは初めてだった。


「えっとですね……」


話をしようと口を開く。すると、ハッと我に返ったようにこちらに視線を向けたシャンクスさんが遮るようにして言った。


「せっかく会えたんだ、どこか店にでも入らないかい?」


確かにここで立ち話をするのも……と思い、そのお誘いに頷いて答えた。じゃあさっそく!と胸ポケットから取り出した携帯で予約を取ってくれた。ほんとスマ―トな人だなぁ。


「お店は少し離れたところにあるから車で行こうか」
「え……いいんですか?」
「ちゃんがこうして来てくれたんだ。当たり前だろう」
「……ありがとうございます」


いつ見てもシャンクスさんの笑顔は素敵だ。いいってことよ、と笑ってくれた。隣をゆっくりと歩いて時々気遣うようにしてこちらに顔を向けてくれる。その度にぎゅ、と胸が締め付けられた。






「なんだい、助手席に乗ればいいだろう?」


…と言われても。せっかくのチャンスだったけれど、いざ、そうなると勇気が出なくて。とんでもないです!と首を横に振りながら後部座席に乗った。


「そんなに俺の隣が嫌かい?」
「いえ!!違いますよッ!?助手席に乗るのに慣れてないだけです。こっちの方が落ち着くので」


すみません……小さな声でそう言って、苦笑いを浮かべる。ミラ―越しに合ったシャンクスさんの瞳がスッと細くなる。……なら仕方ないか、と返ってきた言葉にホッと胸を撫で下ろした。納得して貰えて良かった。……でもなんかちょっと不機嫌そうな声色だった。


「シャンクスさん……どうしたんですか?」
「……敬語、」
「……でも」
「いいから、」
「……は「ちゃん」……うん、分かった」


シャンクスさんには敵わないなぁ〜なんて声を上げたら、ふははっ、だろっ!?って、元気な声が返って来て安心した。機嫌直ったみたい。ふふ、なんだかこっちまで元気になっちゃった。


「今日はどこ行くの?」
「ん?今日は寿司だ」
「え……」


まさかと思い、またあの値段の書いてないところ?と聞くと、寿司はあそこしか行かないぞと鋭い視線とともに返事が返ってきた。


「いや、あの……」
「なんだ?奢ってやるから安心しろ」


ガハハッと豪快に笑う様子にため息が出そうになる。毎回奢ってもらうのが申し訳ないし、今日ぐらいはこっちが奢らないといけないのにと、自分が惨めに思えてくる。


「どうした?」
「あ、ううん……なんでもないよ」




*****

店に着くと、いつもの席に座り、シャンクスさんが注文を手早くすませてくれる。


「これでよかったか?」
「うん!いつもありがとう」


深々と頭を下げるといいってことよと眩しい笑顔が返ってきて、思わず笑ってしまう。


「それで、どうしたんだ?」
「えっ?」
「わざわざ外で待ってるなんて、珍しいじゃないか。寒かっただろう?」
「ううん。まぁ、でも防寒しっかりしていたし……」


それに、大好きな人を待つことぐらい幸せなことはないよ……と言いそうになって慌てて口を塞ぐ。危ない危ない。シャンクスさんと私じゃ身分違いも甚だしいと思い直す。今日はシャンクスさんの誕生日なのだ。いつものように飲んでいる時にお祝いするっていうのも有りだとは思うんだけど……、やっぱりちゃんとその日に祝いたいなって思って、外で待っていた。でも、どうやらシャンクスさんは自分の誕生日だということは忘れているよう。まぁ、私も自分の誕生日なんて気にしないからそこは分かるんだけどねと、届いた寿司を頬張るシャンクスさんに目を向けながら笑みをこぼす。


「ん?どうした、食わねぇのか?」
「ん、いただきます」
「はい、ど―ぞ。たくさん食べろよ」
「ん〜美味しいっ。やっぱりここのお寿司は最高だね!」
「だろ?ここの食べてしまったら他のところで食べることはできないな」


シャンクスさんの食べっぷりに感心しながら、そうだねと返す。


「それで?」
「あ、はい……」
「どうした?さっきからなんかぼんやりしてるぞ」
「いえ……その……」


心配そうにこちらをのぞき込むシャンクスさんに申し訳ない気持ちでいっぱいになりつつ、意を決して言う。


「私…、引っ越すことになったよ」
「へぇ、どこに行くんだい?」
「九州だよ」
「……九州?」
「うん、だから…今までのようにこうやって食事したり、飲み仲間と飲んだりはできそうにない、みたいで……」


たぶん、今日会えるのが最後になるかな……と続ける。


「……別に最後にしなくてもまた会えるだろう?」
「いえ、そうではなくてですね……」
「だから、敬語」
「あ、うん……」


一呼吸置いて続ける。


「私、お見合いすることになったの……」
「……は?見合いって、お前まだ30歳になったばかりだろう?」
「…そうなんだけど、両親が持ちかけてきて。どうもいいところのお坊っちゃんらしく……面子もあるとかで……」


断れなくて……と紡がれた私の言葉が静かな店内に響く。


「……そっか〜」


それは残念だな。と返って来た言葉にどうしようもなく悲しくなる。行くなって言ってほしかったと、涙が出そうにになる。でも、それは自分勝手な思いだ。


「……でね、今日はシャンクスさんの誕生日でしょ?最後にプレゼントあげようって思ってね。だから、待っていたの」


はいこれと紙袋を差し出すと思いもよらない言葉が返ってくる。


「…いらねぇ」
「え……?」
「いらん」
「…なん、で?」


その問いには一切答えてくれないシャンクスさんに私はついに堪えきれずに涙を流してしまう。俯いていた顔を上げたシャンクスさんと目が合う。私を見たシャンクスさんはしまったという顔をしていた。



もう耐えられない……



私は店を飛び出した。去り際にさようなら、大好きでしたという言葉を言い残して。


「ッ……!!」


背中に受けたシャンクスの声に反応してはいけない。振り返ったらいけない。そう自分に言い聞かせて走った。


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