視点

つぼみの砂糖付け



ブブブブブ――


携帯のバイブ音で目が覚めた。薄暗い部屋の中、ぼんやりとした視界に映るのは白い天井。いつも見る天井よりもほんの少し遠い気がする……そんなことを思いながら枕元に手を伸ばした。未だ規則的に成り続けている携帯を掴もうと何度も空を切る手。ふと、触りなれないしっとりと柔らかいものに触れた。


「……ん、ん?」


なんだろう、これ。

朝はあまり強いほうじゃないから目を開くのも億劫だった。たぶんこれは数回あるアラ―ムのうちの1回目か2回目ぐらいだろう。だからまだ朝の早い時間だろうし……、何よりまだ起きたくない。

でもくすぐられた好奇心は私の中にはっきりと灯って、虚ろになっていた重い瞼を再び開かせた。グググ――丸まっていた体を軽く伸ばして寝返りを打つ。クルリと体を回転させて首を逸らした。

そのとき、ブブブブ――一度は止まっていたアラ―ムがまた動き出したらしい。控えめな小さな音に眉を寄せながらまた手を伸ばそうとしたら、ぴたりとバイブ音が止んだ。


――――あれ?


いよいよ、何かがおかしいと思った頭が覚醒をする。枕元、音がした方を辿るように視線をさまよわせた。


「寝ぼすけさんだな……」


ギシリ――ベッドが軋んで、マットレスが大きく沈む。頬に触れたのは暖かな人の手で、まん丸に目を見開いてみた先にいたのは赤い髪をした彼だった。彼の手が私の横髪を撫でて指先がくるりくるりともて遊ぶ。伏せられた視線はその指先を追っているようだった。


「あ、の……」


なんとか出した声は何の意味も持たない言葉だった。それを聞いた彼は目を伏せたまま、「ん?」と小首を傾げた。横髪がさらりと流れて頬にかかる。細められた目元は柔らかに緩んでいて、見惚れた。大人の男の笑顔だった。

横髪を巻いて遊んでいた彼の指が頬をなぞっていくのを感じながら息を飲み込んで瞬きをふたつ。彼を見たらばっちり目が合った。彼の指先は頬を下りて優しく顎を撫でた。添えられた手の平に従うようにして彼のことを仰ぎ見る。じっと注がれる視線。逸らされることなく、逸らすことなく。間近にある彼の息づかいを感じて、彼の指使いを感じて、心臓が強く波打った。


「どうしたんだい? そんな不思議そうな顔をして」


自分ではそんな顔をしているつもりはなかったんだけれど。宥めるような彼の柔らかな声を聞いて、少し困った風に眉を寄せながら笑う彼の顔を見て、本当にそうらしいと思った。


「なんでシャンクスさんが……?」


ぱちりと瞬いた彼、5秒程空気が止まったのを感じて、何か言ってはならないことを言ったような気になってきゅ、と口を閉じた。シャンクスさんはといえば、「あ―……うん、なんていうか、その、ね」と言葉を濁している。取りあえずこんな中途半端な体制じゃ話もしにくいし……と体を起こしたとき、彼が言葉を濁した意味を理解した。


…………あれ? 私、服着てない?


羽毛布団が肌を包み込んで擦れる感覚が心地よかった。眠っている間はそのことに気にも止めず、今更気がついたのだった。

体を起こすと、シャンクスさんの視線があからさまに横に逸れて、「ううん」という咳払いが沈黙の室内に木霊した。体に走った痛みをきっかけにして、寝起きの頭が覚醒を果たし、霞がかっていた記憶が鮮明になっていく。

蘇った記憶は側にいる彼との情事のすべてで思わずわっ、とふわふわの羽毛布団をたぐり寄せながら後ろに飛び退いてしまった。


「あの! その! ……えと!」


それだけで十分伝わったらしい。シャンクスさんは視線を逸らしたまま、「体は大丈夫か?」と言葉をかけてくれた。

体は大丈夫か、と言われたら、正直……ちょっと痛い。いや、ちょっとどころか……


「いや、今のは……忘れてくれ」


ああもうどうしよう。まともに顔見られない。顔を伏せたまま下唇を噛みしめた。頭の中に次々と浮かんでくるのは昨日のすべてで。

ギ――――


軋む音と揺れるマットレス。流れた視線がとらえたシャンクスさんの体。次の瞬間、ふわりと体が浮いた。


「ちょ……!!?」
「まずはシャワ―浴びておいで」


羽毛布団の中、もぞもぞと動いて注がれる視線からなんとか逃げようともがいた。でもビクともしない。パタパタとスリッパが床を打ちつける音が鳴ってそれからすぐに降ろされる。シャンクスさんは私の後ろに立ったまま、布団ごと私の体を抱きしめた。条件反射で体がビクついて、くすりと笑う彼の声が聞こえた。


「……かわいい」
「っ、」


からかわないで下さい、と喉から声が出る前に、体をすっぽりと覆っていた温もりの一部、首もとに冷たい風が差し込む。そして、しっとりとした口づけがひとつ落とされた。


「――ッ、シャンクスさんっ」
「……あぁ悪い。ついな」


ふふふという彼の声は絶対悪いなんて思っていないに違いない。むしろ楽しんでいるに違いない。パタパタパタ――と彼の気配が遠ざかっているのを感じながらぎゅ、と目を閉じる。熱く熱くて仕方がない両頬の熱は冷ややかな手の平や手の甲に熱を移してもなお熱いまま。

今ここはシャンクスさんの部屋の中で、昨晩私は彼に誕生日プレゼントを渡して帰る予定だったのに、流れでため込んでいた想いを言ってしまって、叶うわけがないと想っていた恋を彼は受け入れてくれて、……というか、まさかの両想いで、それで……それで……その日のうちにひとつに――


「…………もう幸せすぎてどうにかなっちゃいそうなんだけど」


羽毛布団をたぐり寄せながらその場にへたり込む。出てくるため息は幸せいっぱい。ため息をついたら幸せは逃げていくって言うぐらいだから、今は幸せすぎて動くこともままらない私の中から少しでも逃がしてしまって、どうにか気持ちを落ち着けなきゃならない。

だってこのままじゃ――


「シャンクスさんかっこよすぎ……私、死んじゃう」


ばくばくと鳴り止まない心臓を握りしめて、幸せを噛みしめた、土曜の朝のこと。この後のことを考えれば考える程に幸せは溢れだしてただただあたふたすることしかできない自分が苦々しくて、やっぱり幸せだった。今日無事に生きてここを出られるのだろうか、と現実逃避をしたところでようやく蛇口を捻る気になった。


171105 End.
Afterword


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