視点

つぼみの砂糖付け



「もう行っちゃうんですか?」
「あぁ」
「寂しいです」
「そう言われてもな」


ハハッと乾いた笑い声。掴んでいた服がするりと手から逃げていく。


「どうしても?」
「あぁ」
「そっか……」
「じゃあな」
「……うん、さようなら」




一晩だけ共にしたその人は海賊で。割と有名な人らしかったけれど、私からしたらそんなこと、どうでもよかった。あの人の笑顔が好きだった。初めて酒場でその人を見たとき、自分でもビックリするぐらいに心臓が飛び跳ねて。気がつけばその人を目で追っていた。あまりの集中ぶりに一緒に来ていた友人が大丈夫?と心配するほどであった。

あ、うんとその言葉に生返事で返し、視線を戻す。その瞬間、なんとなくその人と目があった気がした。そうして飲みもひと段落し、酒場を出た。夜風が気持ちいい。


「じゃあね、また明日」
「うん、じゃあね」


友人とはその場で別れた。さて、家へ帰ろうかな。そう思って歩きだしたときだった。


「お嬢さん」
「?」


まさか私に声をかけているとは夢にも思わず、なんてベタな声かけだろうか、一体誰が誰をナンパしているんだろうか、そんな興味心でゆっくりと振り返った。ビクリと体が跳ねてしまったのは、目の前に大きな男の人が立っていたせいと、その声かけが私に向けられたものだったということに気づいたせいだった。


「え、え、と……人違いでは?」


その人はまだお嬢さんとしか言っていないのに、勝手に決めつけて人違いだと言ってしまう私は失礼な人に入るだろう。よくよく見てみれば、その目の前に立つ男の人はあの時私の目を捕らえて離さなかった笑顔の持ち主だった。


「いやいや、君が俺を誘ったんだろう?」
「お頭、それは無理があるだろう」


その男の人の後ろには別の男の人が立っていて、あ―ぁ、面倒なことをとブツブツ言っていた。変わらず差し出され続ける手にどうしようかと戸惑う。


「今夜のご予定は?」
「あとはもう家に帰るだけですが……」
「それはよかった。では家に言っても?」
「はい?」

「お頭!」
「ちょっとぐらいいいだろ。ベックマン、お前は先に戻っていろ。俺は明日の朝帰る」


チッという舌打ちの後、ベックマンと呼ばれた男は姿を消した。それは一瞬の出来事だった。


「じゃあ俺らは行こうか」
「え?」


あれよあれよと流されるがまま、気がついたらそこは自宅の前。そうして、あっという間にベッドに押し倒されていた。


「目的は体ですか?」
「ん?あぁ、まぁ……」


そう見えるよな。ハハッと笑う顔はやはり綺麗で。とても目を引いた。


「でも誰でもいいってわけじゃねぇ。お前みたいに澄んでいて、魅力的な人じゃないとな」
「わ、私が?」
「それに俺のことジッと見ていただろう?」
「……」


それは否定できないけど。


「教えてくれ、名はなんという?」
「いやです。教えません」
「ん?どうしてだ?」
「名を教えてしまったら、そういう名の女だったって思うだけでしょう?それよりかはあいつはなんという名だったのだろうか、こういう女でな……と思ってもらった方が、少しでもあなたの記憶に残って、私は嬉しいですから」


ふはははっ!!!


「驚いたな、まさかそんなことを言われるとは!」


押し倒していた体を起こし、腹を抱えて笑いだした男は俺の名はシャンクスだと名乗った。


「シャンクスさん」
「シャンクスでいいさ」
「シャンクス」


最中に何度も名を呼んだ。呼ぶ度に私の名も呼んでもらえないだろうかと思ってしまう。でもそれを振り払った。教えてしまったら記憶に残らないんじゃないかと、不安で。


朝を迎えてベッドの中。ゆっくりと体を起こす片腕の男に目を向ける。


「悪い、起こしたか?」
「ううん、気にしないで下さい」


体を起こした男はベッドから抜け出す。片腕では大変だろうと私もベッドから抜けだし、シャツを着る手伝いをする。


「ありがとな」
「これぐらいどうってことないですから」


「行っちゃうんですか?」
「あぁ」
「寂しいです」
「そう言われてもな」


ハハッと乾いた笑い声。掴んでいた服がするりと手から逃げていく。


「どうしても?」
「あぁ」
「そっか……」
「じゃあな」
「……うん、さようなら」


玄関でその背中を見送った。彼はきっと海賊だ。昨晩、港に有名な海賊船が来ているという話を聞いたから。見慣れない顔だったし、何より、部下っぽい人が”お頭”と呼んでいたのだ。きっと、船長なのだろう。


そんな人のお相手をできたなんて光栄だななんて思ってしまう。そして、もう二度と会うことがないことも分かってしまう。


「素敵な人だったな」


しばらくは普通の人じゃ満足できないかも。クスリと笑い、もう一眠りしようとベッドに潜り込む。香るあの人の香りに包まれながら眠ることに幸せを噛みしめながら私はゆっくりと目を閉じた。

150922 End.
Afterword


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