シャンクス視点

無意識のゼロセンチ



「いつもご来店ありがとうございます」
「ん? なんだいこれは?」
「もう! 今日が何の日か知らないんですか?」


軽くほっぺを膨らませて怒る少女に思わず口がほころぶ。


「あぁ、知っているさ。バレインタインだろ?」
「そうです! 知ってるなら知らないふりしないで下さいよ」


もう! とまたほっぺたが膨れた。差し出された包みを受け取ると、「手作りなんです。絶対に食べて下さいね」そう言って少女はにっこりと笑った。返事を返す間もなく、次の客がレジに来たのでしぶしぶ横へ避ける。


「いらっしゃいませ。いつもご来店ありがとうございます」


この店は町で有名なパン屋さんで、こいつはここの看板娘。この娘に会いに通う輩もいる。


「いつもありがとうございます。こちらをどうぞ!」
「これは、バレンタインのプレゼントかい?」
「はい! 感謝を込めて作りました」
「これは、これは。ありがとうねちゃん」


そう言うと、中年の男は嬉しそうに包みを受け取り店から出て行った。店に来る客全員に丁寧にお礼を言い、プレゼントを配っていく。その様子を窓際のイスに腰掛けて眺めていた。まったく、よくやるよな。客の嬉しそうな様子を横目にしながら自分も先ほどから受け取った包みを開けることにした。柄にもなく、ほんの少しどきどきしながら開けた包みの中にはハ―トの形のチョコレ―トとクッキーが2枚入っていた。



ポキッ

チョコレ―トをかじると、甘すぎないミルクチョコレ―トが口の中に広がる。おいしい。素直にそう思った。



カランカランッ



「おねえちゃん!チョコレ―ト頂戴!」
「俺も!!」


バタバタと店内に入ってきた小僧どもがにチョコレ―トをねだっている。はいはいとが包みを渡すと、小僧はすぐに包みを開けた。


「あれ?チョコレ―トは?」
「ふふふ。チョコレ―トは本命の人にあげるのよ」


そう言っては子供たちを見送った。店の扉を開いて子供たちに手を振り続ける、の横顔を見ながら頬を緩ませて思った。じゃあ、これは?と。






どうしても、今日、その答えを聞いておきたかった。だから客足が途切れるのをじっと待った。それから30分もすれば客足も少なくなり、更に数分もすればパタリと客の足が途絶えた。今だ、と思った。


「、ちょっといいか?」
「えぇ、いいですよ。改まってどうしたんですか?」
「……」
「そんな真剣な顔して、どうしたんですか?シャンクスさん」


は困った顔をしながら笑っていた。


「さっきの話、聞いていたんだが……」


先ほどからもらった包みをの前に突き出す。


「チョコ」
「えぇ、チョコレ―ト入れましたよ」


その包みを見たはにっこりと微笑みながら言った。……本命ですから、と。その言葉は俺の心を揺らす。迷っていた。でももう決めるしかない。ここ数日ずっと考えていたことをついに口に出す時がきたようだ。互いに黙ったまま、しばらく沈黙が続いた。そうして、意を決した俺はの瞳を真っ直ぐ見据えたまま、ゆっくりと落ち着いた口調で言った。


「俺はこれからしばらく遠くの海へ行く。しばらく戻らないぞ。次戻るのがいつになるのか分からない。2ヶ月後かもしれないし、3年後かもしれない。、それでもお前は俺を待てるか?」

「……」


俺の言葉には困ったように笑うだけだった。がその問いに答えることはなかった。何分待ったところでそれは変わらない。は視線を逸らし、身に着けていたエプロンをきゅ、と握り締めていた。つまり、そういうことだということか。別れの言葉を自ら進んで口にしたがる者などいないだろう。

最後に、と伸びそうになった自身の腕をなんとか抑えて今一度を見た。は俺を見てにっこりと笑っていた。目を閉じてニッと笑って見せる。カランカラン――そうして、店を後にした。







次の日。何をしても身に力が入らずどうしたものかと頭を抱えていた。これから先の航海について話していてもそれは変わらず。そのうち、呆れた顔のベックマンに甲板に出て頭でも冷やして来いと言われて、今はしぶしぶ船頭に立っていた。

予定していた出航時刻。いつも通り合図を出すと船が港から離れていく。次いつ来ることができるだろうか。いつまたに会えるだろうか。


「いや……、もう関係ないか……」


どうやってこの気持ちを整理すればいいのか。目の前に広がる広大な海原を見つめながら考えていた。考えれば考えるほど、のいろんな表情が頭の中に浮かんでは消えていく。思っていた以上にの存在は俺の中で大きくなっていた。そのことに今更気づいたところで、を連れ去ることすらもう叶わないのだ。何もかもが遅すぎた。


「チッ、この年でこの傷は痛すぎるな……」


自嘲気味に笑った後、額に皺を寄せて深いため息を吐き出す。ポケットに手を突っ込み、昨日からもらった包みをギュッと握り締めた。の肩を抱き寄せてやることもできなかった。俺はとんでもねぇ意気地なしだな。はぁ〜〜、に会いてぇ。会って今度こそ抱き締めてやりてぇ。




「あの……傷ってなんですか? もしかして怪我したんですか!?」


ひょこっと目の前に現れた顔。


「のわぁああ!!」
「え、何何!?」


始めは意気地なしの自分が作り出した幻覚だと思っていた。俺の声にびっくりして一歩下がった少女。あまりに深く考えすぎていて、近づかれたことに全く気づいていなかった。同じく、こちらも数歩後ろに下がり、その姿を今一度見直す。何度目を瞬かせても、その姿が目の前から消えることはなかった。


「…………か? 本物か?」
「えっ!? 本物です、けど?」


怪訝そうな顔をしたはそう言って、膝下のワンピ―スの裾を両手で持って、その場でクルッと一回まわって見せた。


「はい、私はです。なんなら触ってみて下さい」


差し出された手を握ると、えへへと笑う、俺の愛しい人。ごめんなさい、待てないから来ちゃった、と言うものだから可愛くて仕方ない。握り締めたの手を優しく引いて自分の元へ導く。は何も言うことなく、素直に腕の中に納まった。


「……」
「…………はい」


ぎゅうと何度もの体を抱き締めた。の頭の後ろに手を置いて余すところなく抱きめた。そして言った。


「俺はおまえが好きだ」
「はい。私もシャンクスさんが好きです」


間髪入れずに返ってくる返事。昨日の夜に求めていた答え。こんなに簡単に返ってくるなんて、拍子抜けだ。こんなに簡単に幸せになって大丈夫なのかと不安になる。この気持ちをどうしたらいいのか……知らないうちにこんなにも好きになっていた。ぎゅうっとを抱きしめると、も背中に手を回してくれる。抱きしめた愛しい人の温かさを感じて、ようやく幸せを実感することができた。俺は今まで幸せとは無縁だったからな。思わず泣きそうになって額に皺を寄せているとが心配そうな顔で覗き込んできて言った。


「シャンクスさん?」
「なんだい?」
「なにかあったんですか?」
「なにも……、何もなかったよ」


そう言って優しいキスを1回。また1回。幸せを噛み締めるようにして何度もキスを交わした。






「おい、お頭に遅い春が来たぞ」
「言うなベン、俺は見てられねぇよ。お頭のあんな姿」
「なんでだ? まるで無垢な少年じゃねぇか。おもしれぇ」


見張り台から見守るラッキーはこれ以上は野暮だと言って、見たりないベックマンをつれて見張り台を降りたのだった。

(Plan:Valentine)
140225 End.
150216 修正
160919 修正
Afterword


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