シャンクスはとある海賊団の船長で、私にとって彼は特別な人だった。
「!」
「シャンクス、おはよ」
「あぁ、おはよう。昨日はちゃんと眠れたか?」
「ん、まぁまぁかな」
本当は同じ部屋で寝たいってシャンクスは言うけれどそうもいかない。ここは海賊船だし、何よりも優先すべきなのは仲間の皆の命なのだ。それはシャンクスも重々承知していることだった。もちろん私だって分かっている。
さわさわとお尻を触る感覚。あぁもうまたなの!と声を上げそうになるのをグッと堪えて隣に立つ人をジトリと睨みつける。
「…………シャンクス」
わざとらしく「ふふふ〜ん」などと鼻歌を歌いながら顔を背けている問題の人。まったく。呆れ顔ではぁ〜とため息をひとつ吐き出した。船の風紀も大切でしょって言っているのにこの人って人は……!
目尻をつり上げていい加減にしなよ!と抗議しようとしたその時。
「お頭」
咎める声と共にふわりと香ってくる独特の香りにほっとした。つり上がっていた目尻を戻して視線を上げる。シャンクスの頭をがっしりと掴んでいる大きな手が目に映った。問題の人に目を向けたら、「あ、やべ」と顔を歪めていた。
「お頭がのことが好きなのはよぉ―く分かっているが甲板ではやめておけ」
まさに正論。その通りだと何度も強く頷いた。で、未だにお尻を触っている彼の手の平を抓る。
「っ、おい、!!」
さすがのシャンクスも痛みには顔を歪めていた。真っ赤になった手の平をさすりながら、「別にいいじゃねぇか触るぐらい」と唇を尖らせている。そういう子供っぽいところもすごく好き……あ、いや……なんて言っている場合じゃない。
「ふ〜んだ! ベックマンの言う通りでしょ。我慢してシャンクス!」
「我慢も何もすぐ側にがいるのに何もできないとか拷問かよ」
「しょうがねぇだろ。次の島までの我慢だ」
「次の島まであとどれぐらいだ?」
「あと2日だ」
「はっ!!? 2日!! 2日だと!!?」
「ちょ、落ち着いてシャンクス」
「ここ一週間も我慢していたんだ。あと2日とか、もう……まじで拷問じゃねェか」
あからさまにガクリと頭を垂れるシャンクスの姿に出てくるのは「あはは……」という言葉だけ。ここまで己の欲望に正直な姿を見せられたらなんかこれ以上は強く言えない。まぁ、船長であるシャンクスがこんなだからか、この船のクル―達も陽気なもので私とシャンクスの関係のこともそんなに気にしていなかった。むしろ楽しんでさえいる気がするぐらい。
「はははっ!! お頭! 俺らは別にかまわねぇぜ」
「お構いなくやったらいいんじゃねぇか」
「おいおいそんなこと言ったら下手すりゃ毎日しだすぞ」
「いいじゃねぇか。お熱いことで!」
ほら。なんて前向きなクル―達なのか。
「ちょっとみんな! 自分達は関係ないからって無責任なこと言わないで!」
「っ、はははは! 違ねェ。の立場からすればたまったもんじゃねぇよな」
「もう……!!」
昼間の退屈凌ぎのネタに使われちゃたまったものじゃない。ほらほら仕事に戻って! と周りの人たちを散らそうとするけれど、みんなそれすら楽しんでて私じゃこの場を納められそうにない。
「、照れるな照れるな。お頭はのことが可愛くて仕方ないだけなんだって」
「っ、はいそこ黙って!!」
もう誰かどうにかしてよ! と助け船を求めるようにして周囲に視線を送る。目に入ったベックマンと視線を合わせたら、彼は両目を閉じて首を左右に振った。くそう。これでこの場を納められるのはシャンクスだけになったわけだ。
はぁ〜と息を吐き出してがっくりとうなだれてたシャンクスの背中に手を置く。
「ねぇシャンクス戻ってきて。……ねぇ!」
「あ―、俺は2日もの間どうやって……」
「いやもうそれは忘れて下さい。お願いしますから! 二日なんてあっという間でしょ」
「だ―か―ら―! お頭我慢しなくたって……「の可愛いあえぎ声をお前等に聞かせるわけにはいかねェ!!!」……」
えっと……、今なんて言ったこの人。
言葉が出ないというのはこのことか。なんてことを言うんだこの男!! その場でシャンクスの声を言葉を聞いていた誰もがサッと私の顔を見た。何十人もの男の視線が一斉に向いて、ちかも何の前触れもなく、衝撃的な告白をされたのだ。あっという間に真っ赤に染まった顔を両手で覆い隠し、わなわなと震える手を握りしめた。シン――と静まり返った甲板で一人耐える状況。
は、恥ずかしい。恥ずかし過ぎる。なんだこの公開処刑。
問題発言をしたシャンクスはと言えばぱちぱちと瞬きをしながら私を見ていた。あれ俺今まずいこと言った? って顔してる。言ったよ。言ってしまったよ貴方は。
「っ、シャンクスの馬鹿!! お馬鹿!! セクハラ!! もうだいっ嫌い!!!」
もうとにかく訳が分からなくて頭に浮かんだ言葉を吐き出すようにして叫んだ。大海原に遠く響いていく声がシャンクスの耳に、胸に深く突き刺さって、まん丸に目を見開いて間抜け面をしていた彼の顔を酷いしかめっ面に変えた。
捨て台詞を残した私はくるりと体を反転させてその場から逃げ出した。もう居たたまれないなんてものじゃない。今すぐこの船から海の中に飛び込んでしまいたかった。……あんまり泳ぎ得意じゃないからそれはできないけど。泳げるならしていたかもしれない。
しかしながら、残念なことに今私は海の上に浮かぶ船の上にいる。つまり、逃げ場はそう多くない。クル―はそう多くはないとはいえ……、今はみんな気を使って私が逃げた方には来ないようにしてくれるでしょうけど。いずれどこかで誰かとはち合うのは避けられない。
「あ――もう」
今は誰とも会いたくない。自室に籠もってしまうのが一番いいかもれしない、とも思ったけれどそれじゃぁすぐにシャンクスに見つかってしまいそうで。だから考えた。
「……なんで分かったの」
「お前の考えることなんてすぐに分かる」
武器庫に籠もっていた私を一番に見つけたのはベックマンだった。
「シャンクスは?」
「お前の部屋に行った」
「……だと思った」
木箱の上に座り込んで両足を抱える。ベックマンは武器庫の扉をゆっくりと閉めてこちらに向かって歩いてきた。
「煙草、消しなよ」
「当然」
ベックマンが片手を開いて握り潰した煙草を落とした。落ちていく煙草を目で追った後、膝の中に顔を埋める。
「お前も災難だな」
「えぇほんとまったくもって」
「お頭も悪気があった訳じゃねェんだ」
「……知ってる、し。シャンクスのあぁいう率直なとこ好きだよ」
「……だったら、早く戻ってやれ。しょげてるぞアイツ」
「でもさ。私だって人間なんだもん。なんでもかんでも許せるほどメンタル強くない」
「…………なるほどな」
ベックマンは口を閉じてすぐ側で足を止めた。靴の音が止んで顔を上げると、そこにはベックマンが立っていて、視線が合った。徐々に近づいてく彼の顔をじっと見つめる。彼は黙ったまま私の両眼をしっかりと見つめていた。
シャンクスとは違う細長い指が首筋に触れ、頬を包み込む。親指が私の唇を撫で、腰を屈めて上目使いにこちらを覗きこんだベックマンが言う。
「お前は可愛いから」
「……?」
ちゅ、と柔らかな感触。ベックマンの香りがした。
「お頭があぁ言うのも仕方がねェんだよ」
「…………ベック、マン?」
にんまりと悪びれた笑みを浮かべたベックマンがゆっくりと離れていく。私はと言えばあまりに衝撃的な出来事に頭がついていかなくて、ただ意味もなく彼の名前を呼ぶことしかできなかった。
「危ういんだよ、は」
彼はそう言って部屋を後にした。
私はただ呆然と唇を人差し指で撫でることしか出来なかった。