嘘か真か 02



一日の始まりをどうやって始めればいいのかが分からなかった。いつもなら、朝番を務めている彼の元へホットコーヒーを持っていく。そこで一緒に水平線を見て、太陽が海の中から出てくる様子を見る。それが当たり前で、だからそれ以外の過ごし方が分からなかった。

それでも何かせずにはいられなくて、身支度をして外へ出た。後少しで水平線から陽が昇る。


「おはよう、。早いな」


ふいに名を呼ばれて振り返る。


「……おはよ」


シャンクスがいた。


「シャンクスも早いね」
「俺はいつもこうだ」
「私もいつもこうだよ」
「そうか」
「……うん」
「暇か?」
「うん? まぁ特にやることないけど」
「じゃあコーヒーでも入れてきてくれ。俺はここにいる」
「……分かった」


食堂に足を運んでコックにコーヒーを二杯頼んだ。朝の準備で慌ただしくなりだしたキッチンの前に立って待つ。コーヒーを二つ入れて振り返ったコックの笑顔は、私の姿を見た途端に消え失せた。

そこで思った。どんなに私が変わろうしても、周りは変わらない。忘れられないじゃない、こんなの。「ありがとうね」そう言って振り返る。目を見られなかった。ごめんなさい。今はちゃんと笑えないから。きつく唇を噛みしめた。


甲板に出ると水平線にはもう太陽が覗いていた。しばしばする目を細めながらお目当ての背中を探した。シャンクスは甲板から海へ足を放り出すようにして座っていた。

"彼"だったなら、その上の上にあるマストの横の見張り台に入って、「早く! 早く!」と手を振ってくれていたことだろう。それを振り払うようにして首を振った。

シャンクスの後ろに立つ間もなく、彼は振り返った。


「お―さんきゅ」


シャンクスは片腕だから。何となくそう思って取りやすいようにと屈んでカップを運ぼうとしたときだった。


「俺をあいつだと思えばいい」


シャンクスがそう言った。


「は?」と口から出た言葉は、嫌悪感を丸だしにしたものとなったと思う。次の瞬間、腹の中が煮えくり返るような、怒りがわき起こってきた。


パ――ンッ


側にあったカップが転んで木板に染みが広がっていく。頭に一気に血が昇ったせいか、体が熱かった。はぁ――はぁ――と息を吐き出す度、白い息が青い海を染めた。


「最ッ低!!」


シャンクスの背には昇ったばかりの太陽があったから、彼の表情ははっきりと見えなかった。いや……そんなことどうでも良かったから見ようとしなかっただけかもしれない。


「同情して欲しいなんて一言も言ってない。勝手に哀れまないで! 私は……私はそんなに弱い女じゃない!」


空っぽになっていない、トレ―に乗ったままだったカップを、視界に入るとほぼ同時に投げつけた。ただただシャンクスが憎かった。

カップ一杯の量なんて大した量じゃない。でも、人に投げつけるという行為はとんでもないことだ。すべてが終わった後、サ――と、怒りが、憎しみが、頭の中から引いていって、黙り込んだまま、そこに座っているシャンクスの姿を見たら、自分がやってしまった事の重大さに戦慄いた。


「っ、あ……」


ごめんなさいの一言すら出てこなかった。

シャンクスが顔を上げて、濡れた前髪の隙間から目を覗かせた。なんだかゾッとした。足が竦んだ。彼はゆっくりと立ち上がる。その様子を目で追いながら一歩、二歩と後ろに下がって行った。

彼が両眼で私を見た。その瞬間、彼の強い意志が私の胸を貫いた。昨日話したことが頭をよぎる。"覚悟の上だろ"彼の言った言葉が重くのしかかってきた。分かってた。分かっていたんだって!! でもさ……!!

シャンクスの足が前に出て、カツカツと歩いてきた。後ずさりながら声を必死で絞り出す。


「ごめんなさ……」


正直、殴られると思った。"覚悟してた奴が甘えるな"って。でも、違った。

彼は黙ったまま、強くキツく、抱きしめてくれた。彼の髪から強く香ってくる挽きたてのコーヒーの香りが鼻を刺激して、閉じこめていた感情が一気に溢れだした。


「ごめんなさいッ!! 私、ちゃんと覚悟できてなかった。口だけだった。ごめんなさい。こんなになるなんて思ってなかった。こんな子供が船に乗ってごめんなさい。シャンクスたちの足を引っ張ってしまってごめんなさい!!」


何度も何度も謝った。シャンクスは何も言わなかったけれど、私の一方的な懺悔を聞いてくれた。ただ優しく背中を撫でながら。喉が潰れかけて、懺悔すらできない状態になったとき、ようやく彼が口を開いた。


「代わりでいい。俺が支えてやる」
「っ、そんなのおかしいよ」
「おかしいかどうかは俺たちが決める問題だろ。おかしくなんかねェよ」
「…………」
「、こっち見ろ」


名前を呼ばれて顔を上げたら、シャンクスが優しいキスをくれた。最中、目を開いたら目を閉じたままキスをしている彼の姿が見えた。その姿は私の胸を打った。なんでなのか、説明はできない。ただ、シャンクスの真っ直ぐな姿勢が哀れみではない、愛情からくるものだと感じたのかもしれない。


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